きっかけ
「どうで死ぬ身の一踊り」
「蠕動で渉れ、汚泥の川を」
「棺に跨る」
と西村賢太作品を読み漁っているわけだが、続いてもそうである。
いきつけの図書館に2冊、西村賢太作品があったので大学に行くついでに借りてきた。
「どうで死ぬ身の一踊り」では最終的に同棲していた秋恵が出ていくところまで、「棺に跨る」ではその後日談を語っていた。
本書では秋恵と同棲を始めたところから話が始まる。時系列はめちゃくちゃだが、まるでジグゾーパズルのピースが埋まってき、少しずつ全体の絵がわかるような感覚があって面白い。
あらすじ
隠運晴れぬ
秋恵と北町貫多は同棲を始めた。二人で苦労して探し出して見つけた家だ。というのも北町貫多は定職についていない。
今まで日雇いとアルバイトのみで生計を立ててきた。
しかし、今どき二人で住むためのある程度の家を借りるには、職業証明書的なものがいるのだ。
そんななかやっと見つけた家で、秋恵はそこから見える景気をひどく気に入った。
北町も最初はむしろ駅から遠いし、渋々と言った風だったがいざ住み始めてみると、そこから見える景色がとても心地よいと思った。
北町貫多は持てない。性別上女の生物と付き合い、仕事後にデートや食事をし、セックスをするといった一般的な人間が当たり前に行う行為とは無縁の男だった。
(とはいえ付き合ったことはある)
そんな北町は秋恵が今後、生涯で二度と手に入れることのできない唯一の女だと確信していた。
だからこそ彼女への愛も深まったし、こんな自分と一緒にいてくれることに感謝したものである。
同棲当初は二人でゴミを捨てに行くなど仲睦まじいものだった。
しかし案の定、あることから北町が本性をさらけ出すことになる。
それは管理人からの言いがかりだ。
住み始めてみるとマンションのエレベーターにはいやらしい落書きがされていることがままあった。そのたびにペンキで上塗りされ、注書きが張り出されていた。
他にもゴミの分別や、非常階段にタバコが落ちてるなどあったのだが
そのたびにいちいち北町の家に連絡が入ってくる。
秋恵が対応し、北町はたしなめていたのだが、いよいよキレた北町は70くらいの管理人のところに文句を言いに行く。
「すみません。じゃあないんですよ。そうしたことはまず子供のいる居住者のとこに問い合わせるのが本当でしょう。うちは僕と彼女もいいとした大人なんだから。エレベーターに落書きなんぞするわけなんですからね。それをなんてったってうちにばっかり言ってくるかを、お聞きしてるんですよ。あんたも、ああいうのはどこの部屋の子供がやってるのかを、おおよその検討はついてるんだろう?」
と弱いものをいじめる快楽にひたりながら述べていくのだ。
管理人はひたすら謝るが、それでも詰めに詰めた北町は満足すると家に帰っていった。
しかしその日のうちには、不動産などから色々と連絡があり、さっそく要注意人物となってしまったようなのだった。
この家を追い出されないよう普通に生活していこうなどと話して矢先のことである。
こんな事の始末になったから、北町は秋恵に対して初めての暴言をはくことになった。
「何が、謝ろうよ、だ。何が、いつも言いすぎなんだよ、だ。てめえは何をまナイキにこの僕に説諭をしてやがるんだ!えらそうにしやがってよ!元はといやあ、てめえが馬鹿みてえによ、桃なんぞ抱えてノコノコ挨拶なんかゆくから、それで嘗められてしまったんじゃねえか。すべては、てめえが悪いんじゃねえか」
次の瞬間、秋恵は寝室に駆け込んでいき、泣きじゃくった。
ここまでが「隠雲(いんうん学校晴れぬ」の内容だ。
「隠雲晴れぬ」の感想
今回も北町の二面性や自分を棚に上げた言動が炸裂していた。
まず最初の管理人に挨拶に行くところでは「うちは僕と彼女もいいとした大人なんだから。エレベーターに落書きなんぞするわけなんですからね」といっていた。
が、北町は家賃滞納の常習犯である。また暴力事件を二度起こした人物である。
誰が大人を語っているのだ。
しかし目の前の老人に対し、こちらが正義とばかりに詰め寄ってしまうのだ。
それはTwitterで自分のことを棚に上げて芸能人を叩いている人間と同じである。
また、秋恵のような女は一生現れないから、大切にしようといった約3日後には、最後に書いたような暴言を吐いてしまうのだ。
そして理性を取り戻して、後悔する。
この理性と本能の表出は、多重人格における人格たちが一つの体を取り合っているようである。
肩先に花の香りを残す人
その日は二人とも別のところに出かけていたが、猛烈なにわか雨が降った。
家に帰り雨の話をする。
秋枝が立ち上がり、貫多の前を通ると、寛太はあることに気づく。
「あれ、お前、ちとお待ちよ」
貫多は秋恵の体に顔をそわせ、匂いを嗅ぐ。
「ふむ、わかったぞ。お前タクシーに乗ったな」
なぜわかったのか。
貫多は生まれつき鼻が効く。秋恵の肩にはおじさんが頭につけるようなワックスの匂いがした。
おじさんはタクシーに乗るとここは我が家だと言わんばかりにくつろぐから頭が背もたれにつく。
対して秋恵のような女性はそこまで深く座らない。
結果、肩あたりに匂いがつくのだ。
このような探偵並みの推理力を見せつける。
秋恵は無駄遣いをすると貫多が怒るからと隠していたのだ。
その言い訳姿が、可愛らしくて貫多はほっこりした気持ちになる。
まぁこの話はここまでにしとこう。
寒灯
場面は変わり、年末になる。秋恵が当たり前のように実家に一人で帰る話をしたから、貫多がブチギレた。
貫多としては、毎年、憧れを抱えながら一人で過ごしてきた鬱憤から、年末を楽しみにしていたのだ。
同棲して初めての正月なんだから二人で過ごすのが当たり前だろっていう論理に秋恵が「そうだね」といい、家にいることに。
北町貫多の溜飲は少し下がったがなんだかモヤモヤは残る。
正月、あきえは蕎麦のつゆを手作りする。しかしその他の食材がスーパーで買ったものだった。
食べてみるとつゆがめちゃめちゃ薄い。貫多はブチギレる。
他のもん手抜きして、余計なもん作ってまずいって本末転倒じゃねえか!てめえの脳みそどうなってんだよ?!
みたいな。
そんなはなし。
「腐泥の果実」
秋恵とは1年しか同棲していなかった。
分かれた後も、何度も北町貫多は電話をかけ無視され続けたが、ときたま留守電になっていようものなら、謝罪と復縁哀願の言を吹き込んだ。
でもダメでその後一回だけ会ってくれたが、淡々と無理であることを伝えられ、既に男がいる、いや付き合っていた最後の方にはもういたことを言われる。
根がスタイリストにできてる貫多は秋恵のことが虫以下の分際にしか思えなくなり、1時間ほどで帰った。
8年の歳月が過ぎても、冬になると秋恵のことを思い出しがちではあった。ほとんど未練はないが。
だがその年は執筆の仕事に熱が入り、割と書いたので一度も思い出さずにいけそうだった。
しかし原稿用紙を買いに行った際、ショーケースの中にペン置き的なやつを見つける。
これで思い出してしまった。
家に帰り押し入れの段ボールを開けると同じものがある。
誕生日に秋恵にもらったものだ。
回想シーンが入り、なんでもっと優しくできなかったのか、暴力を振るってしまったのかとまた未練が湧いてくる。
そんな話。
腐泥の果実の感想
一人の女に依存しすぎである。でもこれは世の中で結構起きてることだと思うわ根拠ないけど。
「俺にはこの女しかいない」みたいなマインド。「こいつを話したらもう2度とこんな機会ないかもしれない」的なやつ。
北町はまず友達がいない。女にモテない。秋恵が初恋状態。
経験値3みたいな状態で大人になってるから、こんなことになる。
あと世の中に一人の女を愛するのが美徳であるみたいなストーリーが多すぎるのもある。最近はそんなことないかも知らんけど。
語彙
擡げる、、もたげる。持ち上げるの意味。
賑々しい、、にぎにぎしい。
可笑しい、、おかしい。
徒に、、いたずらに。
慊い、、あきたりない。満足しないの意味。