西村賢太は私小説であるが、今回は17歳の高校生の時の話。芥川賞をとった苦役列車の続きといったところか。
場面は飲食のバイトを始めたところから始まる。それまで主人公北町貫多は日雇いの肉体労働で金を稼いでいた。
根が目の前の欲望に流されやすくできている北町貫多はその日稼いだ金を酒と女に使い、また一文なしになり日雇いにいく。
このループにはまっていて、まとまった金ができないため月払い、週払いのバイトにありつけない。
また無断欠席の常習犯であることもアルバイトにつけない一因だ。
いよいよ電話をかける10円もなくなった北町は母親に金を無心する。
5万円を手に入れた北町は週払い可能な飲食で働き始めた。
この辺りの描写はすごく想像つきやすかった。自分の飲食のバイトをした時の経験と仕事内容が一緒だったから。
洗浄機に皿を入れるけど、鍋などを入れた時は汚れが残っているとか。
クローズは色々掃除して、最後にゴミをまとめて、外のゴミ場に捨てに行くとか。
北町の住んでいるところは3畳しかなくて、ガスなし風呂なしでトイレは共同、家賃10000万の文字通り豚小屋だ。
北町はこれまで家賃を払ったことがなく17歳にして3件目の家であった。
とにかく貧乏すぎる。西村賢太の私小説は貧乏小説と言えるが、自分の生活とは違いすぎるからこそとても興味がそそられるし面白い。
また今の俺の生活のありがたさがしみじみと感じられる。
バイトにもなじみ出すと、今度は肉欲の話になる。とにかく女が欲しい。
休日はデートをして2回に一回はセックスをさせてくれる女が欲しいと北町貫太はいう。
ここらへんは笑える。身近にいる女の品定めが始まるわけだが、その描写が面白い。
例えばバイト先には1人だけ大学生の女がいる。
「それは、やや点数をからくするならブスのカテゴリーに包括できそうな、やけに顔の長い一重瞼のひっつめ髪だったが、それでも一応、股間に女陰の備わっているであろうレッキとした雌である。」
「その容姿のパーツ一つ一つが、彼の好むところのものとは大きくかけ離れ過ぎているのである。ジーンズを穿いた、肉付きの貧相なヒップラインに視線を走らせても、そこには何んら貫多の雄心を疼かせてくるものはない。視姦の対象にすらならないのだ。なれば、いかな現時、一寸した色乞食の心境にまで追い詰められている貫多と云えど、やはりこの女に対しては、(いやあ、、こいつは、とても無理だな。何んか口も臭そうだし)との諦観を覚えざるを得ず〜」
何が面白いのか。それは私小説というスタイルでここまでひどいことを言えるのが痛快なのだ。
だってこの発言は作者、西村賢太の発言ということになり、事実に基づいていると基本的に考えていいのだから。
こんな調子で女を品定めした結果、身近に良い女はいないという結論に至る。
次の山場はバイト先、自芳軒への住み込みである。貫多は案の定、家賃を滞納し、いよいよ住む場所がなくなった。
そこでバイト先へ住み込みのお願いをしたのだ。
しぶしぶ3階の屋根裏の4畳もない場所に住まわせてもらえることになる。(店主の鬼女房には秘密)
貫多の図々しさには腹が立った。
というものバイト先の先輩と飯でも食いなと店長から1000円を渡され、先輩と風呂に行くのだが、そこで次のような発言がある。
「しかしあれですね。何んかあのマスター、随分としみったれていやがるんですね。あの飯代、1人宛千円かと思いきや、二人でその額だと云うから呆れちまうじゃありませんか。今どき500円ぽっちじゃあ、牛丼の大盛りに水みたいな味噌汁を添えたら、それでもうお終いですよ。ビール一本すらもつけられやしねえ。女房の尻に敷かれているのか何んなのか知りませんが、仮りにもマスターなぞと呼ばれる立場の者だったら、もう少し気前を見せてくれなくちゃぁ、格好がつきゃしませんね」
などとこの後も愚痴を吐き出すのだ。
それは店長から口うるさく言われたことへの腹立ちによるものだった。
無理を言って住まわせてもらい、夜飯代の金までもらっているのに、目の前の感情に従って愚痴を同僚にこぼしてしまうのが北町貫多なのだ。
店長は「NO」が苦手な根が優しい男のため、渋々住まわせてしまったが、あとから後悔が募っているといった風で、北町貫多への態度がふてぶてしいものとなっていく。
住み込みということで夕方からだった仕事を朝からやることになった北町は仕事に慣れていく。料理人の道に本格的に進んでもいいかなと先輩と話していると、「自芳軒」が半年ほどでなくなることを伝えられる。
店長が念願だったカフェを1からやるというからだ。
北町は店長が北町を住み込みさせたくなかった訳を理解する。店じまいをするため余計なものを抱えたくなかったのだ。
そこからの北町は根が打算的でどこまで怠惰にできているため、どんどんゆるくなっていく。
「どうせ店がなくなるなら」という気持ちからやる気を失っていくのである。
夜の店は北町一人のため、やりたい放題。
店の酒をくすねたり、配達に行くときに配達の商品の中身をつまんだり、募金箱にあるお金を取ったりするのだ。
しかし根が小心者のため、バレないという程度にやるのだ。
さらに相変わらず色乞食であった北町は、バイトで新しく入った顔面は普通くらいの女がおいていった下着?的なものを自慰行為に使おうとする。
しかしあまりのくささに驚嘆し、これでもかというほど馬鹿にするのだ。
慣れというものは怖いのものだ。北町はまちにまった給料日。給料袋をあいかわらず距離を置かれている店長から受け取る際、こんなことをいわれる。
「きみが夜中に飲んだ分のビール代は、ここから天引きしてあるからな」
万事休すである。
北町は
「はい、わかりました」
と動揺を隠したところの努めて抑揚のない声で当たり障りのない言を発すると、自分の使った食器を片付けてそそくさと調理場に逃げ込む。
「もういい加減に、見過ごしてやるわけにはいかないからな」
とさらに追い込まれる
その時の北町は最初は一口程度の酒だったのが、毎日一本開けるようになっていた。
バレないほうがおかしい。
給料を酒や女、本に使うことを妄想していた北町だが、衝撃からそれらを楽しめない。
酒、ソープ、酒、ファッションヘルス、酒、とはしごをして泥酔してしまう。
次の日、北町は全く動けないため同僚に頼んで、嘘をついてもらい仕事を休んだ。
休んだといっても店の屋根裏ではあるが。
しかしタバコを吸うことにもあき、センズリをこいていたところ、後ろから女房が現れる。
女房には住み込みは秘密だ。
そこから言い合いになり、店主もやってきて、店主と殴り合い。修羅場。暴言をはきまくり、下にいた同僚にも語彙力高めの暴言を吐き散らして、店から出ていった。
こんな話である。
本当にどうしようもない男だ。あらゆる感謝を忘れて、自己中心的かつ犯罪行為を犯す北町のことが読んでいて嫌いなった。
しかしあとから考えて、この小説のすごさに驚嘆するのだ。
そこにはポーズとしての弱みを見せるなんて思考は一切ない。ここで読者にイライラさせようなんて打算的な印象は皆無だ。
純粋な事実をそのままハイレベルな文章として丁寧に描写するのだ。
その稀有なスタイルは面白いと思わざるをえない。
北町はとにかく自己中心的で自分に都合の良い考え方をする。それはレイプ魔が女性がレイプされて喜んでいると信じ、自分を正当化しているのと近い。
ただ世の中から認められない自分や、貧乏かつ友達も皆無で、要領も悪く、学力もない、親は性犯罪者などという人生を歩んでいる彼が、自己中思考で自分を保とうとするのは当然の成り行きなのかもしれない。
しかし飛び抜けた才能がない人間が自己中心的な考えで生きて行くのは修羅の道である。
例えばバンドやってたヨシキのエピソードなんかめちゃくちゃだ。シャワーが水しか出なかったからブチギレてレコーディングから帰ったり的な話が山ほどある。
しかしドームを満席にし、狂うほど人を熱狂させられる圧倒的力があるからOKになってる。
しかしそうじゃない人が自己中だと、孤独になりやすいし、しんどいだろな。まあただしんどそうってだけで、どの生き方にも優劣ないけど。
実際、彼はそうやって生きて芥川賞を取ったわけだし。
あと店主は女房のけつに敷かれているわけだが変な話である。
店主の稼いだ金で生活しており、客観的に見れば女房が暴慢な態度を取るのはおかしい。
ただ女からすればそういうテクニックを使ってるとも言える。しっかりと上の立場をとることで男に働かせて生きるという生存戦略だ。
それはそれで能力だとも思う。
それにしても店主はなさけねえ。世の中には尻に敷かれる事に慣れて、そのことに快楽を覚えるものまでいる。服従する楽さを受け入れるのだ。
個人的には、雑魚男に思える。
おもしろかったあ~
〈語彙〉
鱈、、たら
酒肴、、さけさかな。さけとさかなの意味。
北叟笑む、、ほくそえむ
因る、、よる
魯鈍、、ろどん。愚かでにぶいこと。
蠕動、、 ぜんどう。虫が、身をくねらせてうごめき進むこと。また、そのような、ミミズなどの虫。転じて、一般的に、物がうごめくこと。