芥川賞作家であり、私小説化でもある西村賢太さんの本の感想です。
恋の力
この小説の醍醐味は恋のシーン。それまで日雇いをしては、次の日は休んで金がなくなったら、仕方なく日雇いをする。溜まったお金がないから月払いの仕事につけず、日雇いを続けてしまうという状況だった貫太。
生活保障における「貧困の罠」(自分で稼いだほうが収入が少ないため、生活保障から抜け出すどう気を失う)のように、貫太も負のループにハマっていたんです。
しかし人生を仕切り直そうと考えた貫太は、金を用意し、週払いの仕事に付きます。仕事内容は林業です。
そこの事務にいた20前後の女の子に恋をし、貫太は勤勉になる。この子に合うために付き仕事も頑張れる。この子ニアエルから、次の日も休まずに仕事に行ける。
病的に継続できなかった貫太が数ヶ月も仕事を続けられるんです。
ここで恋のちからってすげえエネルギーあるなと思いました。よく考えれば僕もこんな体験があります。
僕は中学2年生から陸上部に入りました。中学1年生の冬にあった12分間走で、学年1位になったからです。
体育の授業はとなりのクラスと合同だったのですが、その隣のクラスに気になる子がいたんです。その子が見ていることで、がんばれたのが大きかった。
このように好きな人の前だと人は大きな力を発揮できる。
田中みな実さんか、小池栄子さんは職場に必ず好きな人を作ると言っていました。
ガンガン好きな人作ってエネルギッシュに行きていこうと思います。
西村賢太とけんかした人間の書く解説がとても良い
この本の解説は映画『苦役列車』を撮った山下敦弘。西村賢太は映画『苦役列車』をボロクソに批評した。
・どうしようもなくつまらない映画
・見る価値はない
・原作者として名前を連ねるもの不快
・ヒロインは前田敦子ではなく柏木由紀が良かった
など、自分の著書やインタビューでガンガン述べたわけだ。
山下敦弘は「実際にあったときには愛想よくしているくせに、本人のいないところでボロカスにいってくる西村賢太」に腹を立て、対談のときにぶつけた結果、喧嘩となったわけだ。
そんな山下敦弘が西村賢太の死後文庫化したこの本の解説を書いているのである。
この解説がめちゃくちゃいい。何がいいかというと、西村賢太のことを嫌いな人間が書いてるのがいいのだ。普通解説は、その人のファンだったりが書く。
しかし山下敦弘は喧嘩分かれした人だから、むやみにべた褒めせず、非常に客観的で忖度のない感じなのだ。
下記は解説に書いてあった西村賢太を表した言葉だが、西村賢太という人間をとても端的に表していると思う。
「近くにいたら超めんどくせーやつだし、適度な距離を保たなければ絶対いつか衝突するタイプ。父親が性犯罪者で一家は離散。中学を出てからは一人で行きてきたがゆえに他人との距離が測れず、自意識過剰でプライドも高く、若さゆえに性欲も強い。こうやって書き連ねていくと若干の同情の気持ちもよぎるが、自業自得がそれを遥かに上回り、本当にどうしようもないやつに思えてくる。」
これを読んだらわかるようにある程度寄り添いながらも、やっぱこいつあかんということを書くわけだ。
それが北町貫多っぽくて最高なのである。
解説によって作品が1.3倍くらいよく感じた。こんな解説は初めてだ。
メッセージ性がまったくない本
西村賢太作品の好きなところは一切のメッセージ性がないところだ。
すくなくとも私はメッセージ性を感じたことがないし、そこを気に言っている。
まったく何も押し付けてこない。この文学で誰かを救おうとか、何を伝えようとか、全くない。「勝手に救われるなら救われろ。俺もそうやって救われてきた」という気持ちすらかんじる。
ビジネスをしていると生産性をおいがちだ。そうすると、常に情報を得ようとしてしまう。
そんな時、なんの学びもない(相手が学んでほしいと意図していない)ものが恋しくなるのだ。
たまにYou Tubeでブライアンのゲーム実況をみたくなるのもそれである。
さらにこれは偶然か、堀江貴文のYou Tubeをみていたら、彼も西村賢太みたいな作品が好きだと言っていたのだ。それには驚いたが、効率を求めている人間だからこそ、効率的でない人間の生き様を見てこころ休ませたくなるのかなとシンパシーを感じた。
語彙
西村賢太作品には「これが文学だ。教養のないものは逐一調べて理解したまえ」といわんばかりに、馴染みにない言葉がでてくる。内容は全く高尚なものではないのに、この文学的表現によってなんとも文学を味わっている気分にさせてくれるのだ。
下記は今回調べた語彙。
- ・疒:病で人が寝ていること
- ・殉情(じゅんじょう):感情にすべてをゆだねること
- ・自縄自縛(じじょうじばく):自分の言動が自分を束縛して,自由に振る舞えず苦しむこと
- ・やたけたな:無遠慮な、投げやりな
- ・気褄(きずま):機嫌
- ・俄に(にわかに)
- ・訝しい(いぶかしい):疑わしい
- ・宥める(なだめる)
- ・デカダンス:虚無的、退廃的な風潮や生活態度。
- ・判で捺す(はんでおす):決まりきっているさま