「色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年」

感想

 

みんな完璧じゃない

 
この小説をひとことでいうなら、「完璧じゃない人生を受容して生きていこう」ということだ。
 
アオ、アカ、クロはそれぞれ完璧なじゃない人生の中でそれなりに生き延びている。
 
アオは一流のセールスマンとして、家族を養っている。アカは雇われることに耐えられない性格を知り、社会のなかで生きていくために企業戦士を育てている。クロはシロから離れ、陶芸の学校に入り直し、外国人と結婚している。
 
みんな完璧じゃない。
 
時間という可能性の喪失のなかで、色々なものを諦めてきた。色々な制約の中でベストを尽くしてきた。
 
水島広子が言うように、「今が最善」なのだ。もっとできたのなら、その時やっていたはずだから。
 
しかしシロは「完璧じゃない人生を受け入れられずに」死んだ。
 
完璧に調和した5人のグループがいつか崩壊することを感じ取り、その状態を受け入れることができずに死んだのだ。
 
多くの人は完璧な人生など送れない。自分のことが対して好きになれないまま、死んでいく。
 
そんな現実的な仮説を、この小説は突きつけていくる。ハッピーエンドが救いにならない人にとって、リアルが救いになるのだ。
 
「みんなも同じようなものだという感覚」は安心感につながる。「俺だけが」と感じる孤独が、不安につながるように。
 
追記
 
たしかにこの小説は「完璧じゃない人生を受け入れられず死にたい人々」の救いになる。
 
「自分の感覚をわかってくれる人がいるのだ」と生きる力になるだろう。
 
しかしここにも「生きることが良い」とされている価値観がある。
 
でもなぜ生きることが良いことなのかわからない。
 
好きなときに死ぬ、たとえば「俺今日死んでくるわ」という人を「お疲れさま」と祝福する世界が当たり前になってもいいのになと思う。
 
性愛や愛、幸福感などの身体性を感じることでそういう価値観になるのだろうか?
 

村上春樹の作風遷移

 
1,デタッチメント期:『風の歌を聴け』~『国境の南、太陽の西』
デビュー初期から『ノルウェイの森』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』など国内の人気作家として登り詰めた時期。信じられないくらい売れた時期ですね。この時期の村上春樹作品の主人公は、どちらかというと、社会に無関心な青年を描いています。また「デタッチメント(かかわりのなさ)というのがぼくにとっては大事なことだった」と村上春樹自身が語っているように、とにかく自分の思うように書いていた時期でもあります。
 
2,コミットメント期:『ねじまき鳥クロニクル』~『アフターダーク』
『ねじまき鳥クロニクル』や、ノンフィクションである『アンダーグラウンド』などが顕著ですが、阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件の二つの出来事をきっかけに、社会悪のようなものを取り上げる作風に変わります。また『海辺のカフカ』は世界文学賞も受賞しており、日本だけに留まらずだんだん世界作家になり始めるのもこの時期です。
 
3,世界文学作家期:『1Q84』~それ以降
もう村上春樹がノーベル文学賞を受賞するのではないか、と言われ始めたのはこの時期。
※ファンの中ではカフカ賞を受賞した「海辺のカフカ」の頃から言われ始めてたんじゃない?って人もいるかと思いますが、アフターダークが2004年発売で、カフカ賞を受賞したのが2006年なので、今回はこのように執筆しています。
村上春樹作品を解説するキーワードに「デタッチメント」(関わりのなさ)と「コミットメント」(関わること)の言葉がよく使われます。
 
 
・風の歌を聴け(1978年)
・1973年のピンボール(1980年)
・羊をめぐる冒険(1982年)
・世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(1985年)
・ノルウェイの森(1987年)
・ダンス・ダンス・ダンス(1988年)
・国境の南、太陽の西(1992年)
・ねしまき鳥クロニクル(1994年)
・スプートニクの恋人(1999年)
・海辺のカフカ(2002年)
・アフターダーク(2004年)
・1Q84(2009年)
・色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年(2013年)
・騎士団長殺し(2017年)
 
 
 前期村上春樹作品では、主人公は、世間や社会と関わりのないように生きていきます。世間や社会がどうであろうと、僕は僕で生きていくさ、やれやれ、という感じです。こうした主人公のライフスタイルが「デタッチメント」というキーワードでくくられています。
しかし、これは主人公が好き好んでそうしているわけでもなく、ファッションでもありません。(書評②~主人公の孤独参照)で示したとおり、主人公は主人公の特殊な事情により、他者と感覚を共有できず、共有できないが故に孤独なのです。こうした事情により孤独な主人公が、世界の中で生き延びること。これは切実な問題です。主人公は生き延びるために、自分だけの世界をつくります。好きな音楽を聞き、好きな本を読み、自分だけのルールを作り、自分だけのライフスタイルを築きます。こうした、「自分の世界」を構築することにより、主人公は生き延びることができたのです。
➔とても納得感がある説明
 
 
世の中には、世間や社会にどうしてもなじめない、適応できないという人間が一定数います。あるいは、過去の共同体にはなじめたが、進学や就職等により新しい共同体に入ったが新しい共同体にはなじめないという人も一定数います。そうした人間が皆、村上春樹の主人公のように「自分の世界」を構築して閉じこもれば、それはそれで害はないのですが、そうした「自分の世界」をつくって閉じこもることで満足な人間は、実際には少ないです。自分の世界を構築することによって孤独に耐えられる人間などほとんどいません。たいていの人は、「どこかに、自分がなじめる共同体があるはずだ」と新たな共同体を探し求めます。そこで、「正しい」共同体が見つけられればいいのですが、ここで「根源的な悪」の問題が浮上します。
 
例えば、邪悪なカルト宗教、排外主義・原理主義のテロ組織などの「悪意」の集積、「根源的な悪」の団体は、孤独で「新たな共同体」を求める人間の心理に付け込み、彼らを「セールストーク」します。そして、少なからぬ人間がその「セールストーク」を受けて、興味を持ち入団します。そうした団体に取り込まれた人間は、自分を失い、その団体と同化します。彼らは、そうした「根源的な悪」の団体と同化してしまうのです。そうして起こったのが、地下鉄サリン事件でした。
➔なるほどって思う
 

メモ

・最初の一ページですでに引き込まれる。いままでぼーっと日常を生きていたのに、否応なしに純文学の世界に引き込まれる感じがする
 
・うつ病や希死念慮を持つ人々の描写がうますぎる。しかも比喩を使って伝えてくるのがめちゃくちゃ、心地いいし、半端ない。
 
・沙羅に過去を聞かれたことがきっかけで、巡礼に向かう流れは、何か既視感を感じた。海辺のカフカでギリシャ悲劇をオマージュしていたように何かのオマージュ性を感じた
 
・「限定した目的は人生を単純にする」
村上春樹の小説には「生は死の対局としてではなく、その一部として存在している」のように、抽象的な言葉が散りばめられている。大事に覚えておきたくなる気持ちにさせられる。
 
・死の淵で寝泊まりしていた5ヶ月間が終わり、プールで泳ぐようになると灰田と出会う。そして灰田がうちに来るようになり、一緒にレコードをきく。そこでかけられるのが、「巡礼の年」。白がピアノでよく弾いていたものだ
 
・伝記と歴史書。伝記はすごい人の話が載っているからやめておく。自分の比較して落ち込んでしまいそうだから。歴史書はもしかしたら好きかもしれない。知らない土地の知らない時代について話。
 
・灰田との会話にて。「論理を信じているが信仰しているわけではない。非論理的なものを跳ね除けず、論理に近づけるよう試みる姿勢を持っている」
 
・「一旦言葉にすると、多分あまりに単純化されてしまう。」p105
なぜなら言葉にすることは抽象化することだから。つまり都合の良い部分を切り取ることだからだ。村上春樹の小説を読むとわかる。人生を生きていく中で気づく、大切な本質のようなものが散りばめられている。まるで自己啓発本のように、本質のハッピーセットになってる。
 
・「ナイーブな傷つきやすい青年ではなく、プロフェッショナルとして。向き合いたくないものと向き合う。」
 
・緑川の話を灰田から聞く→夜目を覚ますと灰田が寝ているつくるをみている→シロとクロの性夢をみて、シロと性行為をする→しかし射精を受けとめたのは、灰田である
 
どういうこと?なんのメタファー?
 
・「封を切ってしまった商品の交換はできない。これでやっていくしかない」
こうやって今の自分を語るアカ。
 
色々な諦め、完璧じゃない人生を受容していくさまが、アオ、アカたちへの巡礼を通して語られる。その不条理な感覚が胸を締め付ける。すごい作品だと感じさせる。他の作品ではなかなかならない。
 
またこれが世の中の現実的な感情であることがうれしい。人は完璧な人生など送れず、自分をそれほど好きじゃないまま死んでいく。そういうリアリティを純文学はもっている。
 
・「俺たちは人生の過程で真の自分を少しずつ発見していく。そして発見すればするほど自分を喪失していく」p206
真の自分を発見するには「時間」がいいる。そし時間が経てば立つほど、可能性は失われていく
 
・p206
「お礼がいつも新入社員研修のセミナーで最初にする話だ。おれはまず部屋全体をぐるりと見回し、一人の受講生を適当に選んで立たせる。 そしてこう言う。「さて、君にとって良いニュ ースと悪いニュースがひとつずつある。まず悪いニュース。今から君の手の指の爪を、あるい は足の指の爪をペンチで剥がすことになった。気の毒だが、それはもう決まっていることだ。 変更はきかない」。おれは鞄の中からでかくておっかないペンチを取りだして、みんなに見せ る。ゆっくり時間をかけて、そいつを見せる。そして言う。「次に良い方のニュースだ。良い ニュースは、剥がされるのが手の爪か足の爪か、それを選ぶ自由が君に与えられているという ことだ。さあ、どちらにする? 十秒のうちに決めてもらいたい。もし自分でどちらか決めら れなければ、手と足、両方の爪を剥ぐことにする』。そしておれはペンチを手にしたまま、十 秒カウントする。「足にします」とだいたい八秒目でそいつは言う。「いいよ。足で決まりだ。 今からこいつで君の足の爪を剥ぐことにする。でもその前に、ひとつ教えてほしい。 なぜ手じ なくて足にしたんだろう?」、おれはそう尋ねる。 相手はこう言う。『わかりません。どっち もたぶん同じくらい痛いと思います。でもどちらか選ばなくちゃならないから、しかたなく足 を選んだだけです」。おれはそいつに向かって温かく拍手をし、そして言う、「本物の人生によ うこそ」ってな。 ウェルカム・トゥ・リアル・ライフ」 つくる背いた。 「お礼がいつも新入社員研修のセミナーで最初にする話だ。おれはまず部屋全体をぐるりと見 つくるはほっそりとした旧友の顔を、何も言わずにしばらく見つめていた。 「おれたちはみんなそれぞれ自由を手にしている」とアカは言った。そして片方の目を細めて 微笑んだ。「それがこの話のポイントだよ」
人間の自由は常に制限のなかにある。
 
そして人生は「今あるもののなかで、ベストを尽くしていくしかない」のだ。個人で稼ぐことを一時中断し、就活をしている自分にとって、勇気つけられる言葉だ。
 
人生を受容していく。時が経てば立つほど失われていく、美しさやエネルギーや可能性を受容していくこと。
 
・「雇われだからつまらない仕事もある」
つまらない仕事で、緊張感のなか心をすり減らしていくのが怖い。
 
・「生きている限り個性は誰にでもある。それが表から見えやすい人と見えにくい人がいるだけだよ」
自分を肯定していくれるような言葉だ。
 
・「私たちはこうして生き残ったんだよ。私も君も。そして生き残った人間には、生き残った人間が果たさなくちゃならない義務がある。それはね、できるだけこのまましっかりここに生き残り続けることだよ。たとえいろんなことが不完全にしかできないとしても」クロ(えり)
不完全なまま行き続けること。俺はこの本のメッセージがこれだと受け取った。
 
・エリ(くろ)「でも不思議なものだね」
つくる「何が?」
エリ「あの素敵な時代が過ぎ去って、二度と戻ってこないということが。いろんな美しい可能性が、時の流れに吸い込まれて消え去ってしまうことが」
 
可能性は幻想的で美しい。まるで馬に縄で引っ張られるように、可能性が人生を前に推し進める。しかし時間が可能性を喪失させる。23才の俺はそれに抗っている
 
・アオとアカはたしかに俗世的だった。男って感じだ。そしてクロとシロと多崎は観念的に思える
 
・以前の感想を見てみたが、今回が三回目の読了らしい。
 
 
これが一回目の感想。
 
 

知識

・捺印(なついん)
・名古屋は愛知県にある
・諧謔(かいぎゃく):ユーモア。面白い気のきいた冗談
・フィンランド
 
 
 

書評

【考察】私が『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を、村上春樹の入門小説として推す理由
【書評】色彩から考察する「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」村上春樹
 
 
 

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